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A to the RS and ∞

お絵描きと、気象系アイドルさん、∞アイドルさんを、のんびりとめでたりするブログ。すきほーだい言ってます

あの場所あの時間にあったもの

まあ、関ジャニ∞さんの元気が出るライブの映像化については、散々いわれているようで。
先日、渋谷氏が内容について、何か言われた見たいやし。
ジャケットのデザインについても。

とある方が「メンバーがお休みしたのは、付加価値ではない」と呟いていらして。確かに、そうやなと。


じゃあ、メンバーの欠けているライブを、なぜ出すのか。

今回のライブの映像作品化というのは、あの場所あの時間にあったものを記録するということではないのだろうか?もはや、作品ですらないのかも知れない。




あの場所あの時間、ステージの上にいた6人が感じたものを見せたい。いや、関ジャニ∞7人の感じたものを見せたい。それだけなのではないかと。




作り手のエゴが出るものになるかも知れないことも、承知の上だろう。
観る側が見たいものにはならないことも、承知の上かもしれない。

では、7人が感じたものとは何だろう?
私には、想像することしかできないが、知っていること、情報から考えるに
「メンバー1人1人の大切さ大きさ、と
スタッフ、
エイター(その場にいない人たちも含め)がいてくれる、ということのありがたみ」
ではないのだろうか。

常々思っていることなのだが、ライブはアーティスト側だけが作るものではないのではないか?客が良いものにしよう、楽しもうという気持ちがないと、ダメなのでないかと。高いお金払ってるから、それなりのものを見せるのは当然としても、その上のものは、客側にもその場にいるものとしての責任がある気がするのだ。

たぶん、あの特殊な時間には、いつも通りでは感じ取れない、見る側のぬくもりがあったのではないか。そこにはいないメンバーと見る側の力は、ジャケットに緑色で刻印されるべきだと作り手が思うほどだったのだろう。6+45000+緑のシルエットなのだ。ちゃんと7人いるのだ。

見る側にいる限り、ステージの上から見た本当のそれは感じられないのだろうけれども。


見る側が欲しいのは、演者の姿だけだから
「やっぱり、一人いないのはな。
なんでそんなんだすん?」
当然の意見である。

私自身も、寂しく無いといえば、嘘になる。
ちなみに、私はあの場にいなかった、
ツアーどの公演にも行けていない身である。
もちろん、ライブを見たい。


「嫌なこと思い出さしてしまうかもしれんし、
おしつけがましくてごめん、
だけど、ありがとうな」

そういう作品になっていればいいな、と思うのだ。







個人的には、
色々と見てきた身として、
元気でゆるゆるもりもり活動してくれていれば、
それだけで十分です。

アイドルって、やる方も見る方も大変ねー